「おえしき」ってな〜に?

 

 お会式はお祖師さまとの出会いの日

お会式とは、本来仏教で行う法会(読経や説法の会合)の式事をいったのですが、今日では日蓮聖人の命日・逮夜の法要だけを意味する様になりました。

弘安5年10月13日辰ノ刻、お祖師様は、6老僧をはじめとする弟子信者達に見守られ、法華経読誦のうちに61歳でおなくなりになりました。伝えによれば、この時、弟子の日昭上人は傍にあった小さな鐘を静かに打ち鳴らし、御入滅を池上全山に知らせたといいます。

現在、池上本門寺では、この故事に従って、13日の朝8時から法要を営み、本門寺に伝えられ門外不出の鐘を打ち鳴らしています。この鐘は『臨滅度時の鐘』といわれています。

日蓮聖人は12歳のとき当時は天台宗だった清澄山に登り、16歳のとき道善房を師として出家したのですが、建治2年、身延へ入山して2年後に師の道善房の訃報に接しました。師への報恩感謝と追善供養のために書きあらわされたのが「報恩抄」です。日向上人を使者として清澄へさしむけ、師の墓前で朗読させたのでした。

日蓮聖人は恩師への思いばかりでなく、父母への報恩も大事にされました。父母への孝養を讃える檀越へのお手紙も数多く残されています。聖人ご自身も、身延時代には、しばしば高みに登り、安房の方に向って合掌し、故郷の亡き父母への報恩の祈りも捧げました。

 そして、日蓮聖人のご信仰の上での報恩とは、法華経に説かれているように、久遠の昔からこの娑婆世界にあって一切衆生の救済のために法を説きつづけている教主釈尊の慈悲に私たちが包まれているという事実をみんなに知らせることでした。

 ですから、どんな迫害にもめげず、お題目をひろめるために一生を捧げられたのです。

さて10月13日は日蓮聖人のご命日です。全国の日蓮宗のお寺ではその日に前後して、ご命日の法要を営みます。これはしかし日蓮聖人の死を悲しむために行なう法要ではありません。

 私達が日蓮聖人に出会い、そのご信仰と教えに接し、仏(みほとけ)の永遠の慈悲のみ手にいだかれているのだということを教えて下さったことに対する感謝の法要なのです。この日にお赤飯を炊くのは、お祖師さまにめぐりあえた悦びを表しているのです。

お会式といえば、万灯が思い出されますが、万灯とは、字のとうり、たくさんの灯明をともし、仏様や日蓮聖人の御前に供養することをいいます。

江戸時代には「一灯をもって万灯を称す」として、うちわ太鼓を鳴らしながら、ちょうちんをつけ、会式はな(造花)を付けた万灯をくり出しました。この造花は桜を形どったものですが、由来は、お祖師様が亡くなられた時、日昭上人が鐘をつき、全山に臨終を伝えますと、秋だと言うのに、池上家の庭の桜の木に花が咲きほこったのが始まりです。

 

 

身延山久遠寺 萬燈供養(まんとうくよう)

 

 

 

おえしき

心意気だ〜い


妙昌寺お会式写真

☆お祖師さまは生誕の時、蓮の花が咲き、臨終の時に時ならぬ桜の花が咲きました。

蓮で生まれて桜で滅す・・・「蓮生桜滅の御一生」といわれておりま〜す!!  

ただ妙法蓮華経の七字五字を日本国の一切衆生の口に入れんと励むばかりなり。これ即ち、母の赤子の口に乳を入れんと励む慈悲なり。   ー諫暁八幡鈔ー   



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