お涅槃会(常楽会)

 

おねはん会は 一切衆生が仏となれる道を示された仏教の開祖・お釈迦様ご入滅の二月十五日に毎年行なわれるご報恩の法会のことです。

釈尊は菩提樹の下で悟りを開かれて後、四十余年が間、因位の修行法のみお説きなされ、証果の法門・つまり妙覚という悟りの功徳をお説きにならず、したがって妙覚の位に登る者は一人もなかりき。
これはこれ、御仏の本意にてはあらず。
しかるに、釈尊、種々の難をまぬがれて、仏法を説き始めてより四十二年目、御年七十二歳のとき、中インドの王舎城より北東に位置する耆闍崛山にて法華経を説かるること八ケ年 法華一仏乗をお示しになり、これにより諸々の菩薩はみな妙覚の位に達したまいき。
釈尊、一切衆生をば我が身と等しくなさんとの一大事をなし終え、やがて東インドの倶尸那城、跋提河のほとりにて、御年八十歳の二月十五日夜半、御涅槃に入られたもう。
しかりといへども、釈尊は釈尊の御悟をば是即ち法華経なりと説き置かせ給へば、この御経の文字六万九千三百八十四はすなわち釈迦如来の御魂なり。
一一の文字は釈尊の御魂なれば、この法華経を信じ行ぜん人をば、釈迦如来は我が御眼のごとく守り給ふべし。
人の身に影のそへるがごとく、そはせ給ふらん。



「仏の御年 満八十と申せし二月十五日の寅卯の時、東天竺 舎衛国 倶尸那城 跋提河の辺にして、仏の御入滅なるべき由、御音、上は有頂、横には三千大千界まで響きたりしこそ、目も眩れ心も消えはてぬれ。
五天竺、十六の大国、五百の中国、十千の小国、無量の粟散国等の衆生、一人も衣食を調へず、上下を嫌はず、牛馬狼狗ちょう鷲蚊虫等の五十二類の一類の数 大地微塵をも尽くしぬべし。況や五十二類をや。此類 皆 華香をくひ衣食をそなへて最後の供養とあてがひき。
一切衆生の宝の橋、折れなんとす。
一切衆生の眼 抜けなんとす、一切衆生の父母、主君、師匠死なんとす、なんど申す声響きしかば、身の毛のいよ立つのみならず涙を流す。涙をながすのみならず、頭をたゝき、胸をおさへ、声も惜まず叫びしかば、血の涙、血の汗 倶尸那城に大雨よりもしげくふり、大河よりも多く流れたりき。

是れ偏へに法華経にして仏になりしかば 仏の恩の報ずる事、難かりしなり」  ー祈祷抄ー

 



 


立正安国世界平和祈念


  





東日本大震災被災之諸霊位第七回忌供養
参加者が一枚一枚御題目を書写して
東日本大震災被災の諸霊位に祈りを
捧げ、又、お題目をお唱えして立正世
界平和を一処懸命に祈願いたしました

南無妙法蓮華経


 
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