ひとひら


出口のないトンネルはない
 

私は、3人の子どもがいますが、実はもう一人いるのです。
長男と長女の二人の間で「流産」で手術を受けました。
稽留流産と書いて、けいりゅうりゅうざんと読みます。これは赤ちゃんがすでに胎内で死亡しているため、子宮の中身をすべて排出しなくてはならないのです。
そのための手術でした。

母の癌が、7年目にして再発し先生からはもうダメだと言われ、ずっと、病院に泊まり込み連日の看病が拍車をかけたのだと思います。
泣いても泣いても泣ききれませんが、「これがこの子の運命でした」と先生に言われて、それを受け入れなければいけないのだと思いました。
泣いていたって命が吹き返すことはありません。一刻も早く子宮内部から出してやらないと腐敗します。
子どもと生活しているので、子どもがどんなにかわいいか、どんなに大事な存在か、
脳と体に染み付いて分かっています。
その命が、光を見ることもなくそっと消えていったことは、耐え難い悲しみなのです。

今、生まれたら大変だろうって思わせちゃったのかしら?
今は、この人の元に行くべきではないなって思われたのかしら?
そう思いました。
私が、3人も子どもを授かったのは、「お前は、このぐらい育てないと人として成長できないよ」と言われているような気がしています。
子どもにうんと学びなさい、と運命によって授かったのではないかと。

でもこうして、抱くことのなかったわが子にも色々と学びます。
命とは、とても繊細であること。命とは、思い通りにはならないこと。
そして、自分の体を大事にできない人の元へは訪れてくれないこと。

この時の私は、受胎するには失格だったのです。

流産や中絶を経験すると、みんな自分を責めます。
自分が殺してしまったのだという自責の念にかられるからです。
そして涙をうんと流します。
涙というのは、自分を慰めてくれる薬なのです。
悲しくて涙が出るのは、本能のようなもので、脳が「守ってやらなければ」と感じて涙を流させるのです。
だからうんと泣きました。
泣いたって元には戻れないけど、とにかく泣いたんです。
泣いたって始まらない、とよく言いますが、泣けば歩き出せます。
だから、悲しいときは素直に泣いてしまっていいのです。悲しみを本当に癒せるのは、自分の涙と時間の経過です。
もし、あなたが今、抱えきれない悲しみに包まれているのなら、思う存分泣いてください。
泣いたら始まります。
頬を伝う涙こそ、あなたの悲しみを和らげてくれる特効薬です。
治癒力なのです。
そして、悩みにどっぷり浸かっているのなら、それは、今、トンネルをくぐっているだけなのだと思ってください。
トンネルの外を見ようとすると、あたりはあまりにも明るすぎてますますあなたの闇が真っ暗になります。
ですから、あなたは目の前の闇だけをじっと見つめて進んでください。
大丈夫です。今はトンネルをくぐっているだけ。
進んでいると、必ず明かりが見えてきます。
誰かが差し伸べてくれた、ほんの小さな光です。
それに気がついたとき、トンネルを抜けることができるのです。
それに気がつく必要があったからこそ、あなたはトンネルに入らなければならなかった。
悩んでいるとき、誰かの一言で救われたり、今まで気づかなかった人の何気ない気遣いに、心が打たれたことってありませんか?
それを見つけるためにトンネルに迷い込んだのだ、と思えば、苦難を乗り越えることは怖くありません。
出口がないトンネルなどないのです。

生きていれば、子どものことで悩んだり、お金のことで悩んだり、悩みは尽きないかもしれません。
でも、そんなとき、「今はトンネルの中にいるだけ」と思ってください。
出口を見つけたとき、あなたは多くのことを学びます。
逆に言えば、「学ぶ必要があったからこそ試練が訪れた」と言えます。
そうやって、死ぬまでたくさんのことを学んでいく。
だから「一生勉強」だと、切に、思うのです。



 
 
 
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